代替経済モデルのリスク管理実践ガイド:持続可能な運営のための予防と対策
はじめに
地域課題の解決や地域経済の活性化を目指し、地域通貨、協同組合、時間銀行などの代替経済モデルの導入に関心をお持ちのNPO職員や関係者の皆様にとって、これらのモデルをいかにして地域に根付かせ、持続可能な形で運営していくかは重要な課題です。代替経済モデルは、既存の経済システムとは異なる価値観や仕組みに基づくため、運営の過程で様々な予期せぬ課題やリスクに直面する可能性があります。
本記事では、地域で代替経済モデルを実践される皆様が、これらのリスクを事前に想定し、適切に管理・対応するための具体的な知識とノウハウを提供することを目的としています。概念的な説明に留まらず、具体的なリスクの種類、その管理ステップ、そして実際の地域における事例や対策を通じて、皆様の実践に役立つ情報をお届けいたします。
代替経済モデルにおける主なリスクの種類
代替経済モデルは、その特性上、従来のビジネスとは異なるリスクを内在しています。主なリスクの種類は以下の通りです。
1. 経済的リスク
- 流動性リスク: 地域通貨や独自のポイントシステムなどにおいて、通貨やポイントが円滑に流通せず、参加者が利用機会を見つけられなくなるリスクです。これにより、システムへの信頼が失われ、参加者離脱につながる可能性があります。
- 信用リスク: 参加者間での貸し借り(例:時間銀行のサービス提供と利用)や、システム運営者に対する信用が失われるリスクです。不正行為や約束の不履行が発生した場合、コミュニティ全体の信頼基盤が揺らぎます。
- インフレ/デフレリスク: 地域通貨において、発行量の調整や流通速度の変動により、通貨価値が大きく変動するリスクです。価値が不安定になると、貯蓄や交換手段としての機能が損なわれます。
- 外部経済変動リスク: 地域経済全体の景気変動や、基軸通貨(円など)との関係性の変化が、代替経済モデルの運営に影響を与えるリスクです。
2. 運営リスク
- 組織運営リスク: 運営体制の不備、役割分担の不明確さ、意思決定プロセスの滞りなど、組織内部のガバナンスに関するリスクです。参加型運営を目指すモデルでは、合意形成の難しさもリスクとなり得ます。
- 人材リスク: 運営を担うキーパーソンの離脱、必要なスキルを持つ人材の不足、ボランティアスタッフのモチベーション維持に関するリスクです。
- システムリスク: デジタルプラットフォームを利用する場合のシステム障害、セキュリティ問題(個人情報漏洩、ハッキング)、使い勝手の悪さなどに関するリスクです。
- コンプライアンスリスク: 法令(資金決済法、特定商取引法など)、条例、プライバシーポリシーなどに違反するリスクです。特に新たな試みである場合、既存の法制度との整合性を確認する必要があります。
3. 社会的リスク
- 参加者離脱リスク: システムの魅力の低下、活動への飽き、コミュニティ内の人間関係の悪化などを理由に、重要な参加者が離脱してしまうリスクです。
- コミュニティ内の対立リスク: 異なる価値観を持つ参加者間での意見の衝突、役割分担や報酬(対価)に関する不満などから、コミュニティ内の関係性が悪化するリスクです。
- 評判リスク: 運営上のトラブル、不祥事、誤った情報の発信などにより、地域社会における代替経済モデルの評判が悪化し、新規参加者の獲得や活動の継続が困難になるリスクです。
4. 外部環境リスク
- 法制度変更リスク: 代替経済モデルに関連する法令や規制が変更され、運営方針の見直しや対応が必要になるリスクです。
- 行政との関係リスク: 行政の理解や協力が得られない、あるいは行政の方針転換により支援が打ち切られるリスクです。
- 競合リスク: 類似のサービスや活動が地域内で発生し、資源や参加者の獲得競争が激化するリスクです。
リスク管理の実践ステップ
リスク管理は、代替経済モデルの持続可能性を高めるために不可欠なプロセスです。以下のステップで体系的に取り組むことを推奨します。
ステップ1:リスクの特定と評価
まず、自らが運営する代替経済モデルにおいて、どのようなリスクが存在しうるかを洗い出します。ブレインストーミング、ワークショップ、過去の事例研究などを通じて、潜在的なリスクをリストアップします。次に、それぞれのリスクについて、「発生する可能性」と「発生した場合の影響度」を評価します。これにより、優先的に対応すべきリスクを特定できます。
例えば、地域通貨であれば、「特定の店舗に利用が集中し、他の店舗で使えなくなる(流動性リスク)」や「システム障害で決済ができなくなる(システムリスク)」などがリスクとして考えられます。これらについて、発生確率と影響度をチーム内で評価します。
ステップ2:リスクへの対応策の計画
特定・評価されたリスクに対して、どのような対策を講じるかを計画します。対応策には、主に以下の4つがあります。
- 回避(Avoidance): リスクをもたらす活動そのものを行わない。
- 低減(Reduction): リスクの発生確率を下げるか、発生時の影響度を小さくする対策を講じる。
- 移転(Transfer): リスクを第三者(保険会社など)に移転する。
- 受容(Acceptance): リスクの発生を許容し、発生時の対応計画のみを立てる。
代替経済モデルの文脈では、低減策が中心となることが多いでしょう。例えば、流動性リスクに対しては、利用可能な店舗やサービスの数を増やす、定期的なイベントで利用を促進する、といった低減策が考えられます。
ステップ3:対策の実行とモニタリング
計画した対策を実行に移します。そして、リスクが顕在化しないか、対策が有効に機能しているかを継続的に監視(モニタリング)します。定期的な会議での報告、参加者からのフィードバック収集、システム稼働状況の確認などを通じて、リスクの状態を把握します。
ステップ4:レビューと改善
リスク管理は一度行えば完了するものではなく、継続的なプロセスです。定期的にリスクリスト、評価、対策計画を見直し、新たなリスクの出現や状況の変化に合わせて更新します。また、実際にリスクが顕在化した場合の経験を組織内で共有し、学びとして次のリスク管理に活かすことが重要です。
具体的なリスクと対策事例
ここでは、いくつかの代替経済モデルにおける具体的なリスクとその対策事例をご紹介します。
事例1:地域通貨における流動性リスクと対策
- リスク: 特定の店舗やサービスでしか使われず、他の場所で流通しない。あるいは、価値が不安定で貯蓄されやすい。
- 対策:
- 加盟店の多様化: 多様な業種や規模の事業者に加盟を呼びかけ、利用シーンを増やす。
- 利用促進イベント: 地域イベントと連携した通貨利用キャンペーンや、通貨利用で特典が得られる仕組みを導入する。
- 期限付き通貨: 有効期限を設けることで、強制的に流通を促す。ただし、利用者の利便性とのバランスが重要です。
- 換金メカニズムの設計: 必要に応じて基軸通貨に戻せる仕組み(ただし、換金率や手数料を工夫し、流通を阻害しないように配慮)や、異なる種類の地域通貨間での交換システムを検討する。
- 成功事例: ブラジルのパルマス銀行が発行するパルマス通貨は、地域内の強固なネットワークと多様なサービスへの利用促進により、高い流通率を維持しています。
事例2:協同組合における組織運営リスクと対策
- リスク: 組合員の主体的な参加が得られず、少数の役員に運営が偏る。あるいは、多様な意見の調整が難航し、意思決定が遅れる。
- 対策:
- 明確な規約・規則: 意思決定プロセス、役員の役割、組合員の権利義務などを明確に定める。
- 参加型ガバナンスの仕組み: 総会や理事会だけでなく、部会、委員会、ワークショップなど、多様な形で組合員が意見を表明し、運営に関わる機会を設ける。
- 情報公開と透明性: 運営状況や財務状況を組合員に分かりやすく開示し、信頼関係を築く。
- ファシリテーションスキルの向上: 会議や話し合いの場における対話や合意形成を円滑に進めるスキルを運営メンバーが習得する。
- 失敗事例: 過去の協同組合の中には、運営の一部が不透明になり、組合員の不信感を招き、組織力が低下したケースが見られます。情報公開の徹底や、専門家(弁護士、会計士など)によるチェック機能の導入などが対策として考えられます。
事例3:時間銀行における参加者離脱リスクと対策
- リスク: 利用できるサービスが少ない、提供できるサービスが見つからない、特定の参加者に負担が偏る、人間関係の悩み。
- 対策:
- 活動の多様化: 介護や育児支援だけでなく、趣味の共有、学び合い、地域イベントへの参加支援など、提供・利用できる活動の幅を広げる。
- コーディネーターの役割強化: 参加者同士のマッチング支援、新規参加者のオリエンテーション、困りごとの相談対応など、人間的なサポートを充実させる。
- コミュニティ構築イベント: 定期的な交流会や研修会を開催し、参加者同士の顔が見える関係、信頼関係を育む。
- バランスシートの管理: 特定の参加者に時間預かりや借りが偏らないよう、運営側が状況を把握し、声かけや調整を行う。
ステークホルダーとの連携
代替経済モデルのリスク管理において、運営団体だけですべてを抱え込むことは困難です。行政、地域の金融機関、商工会、他のNPO、そして最も重要な参加者・地域住民といった多様なステークホルダーと連携し、リスク情報を共有し、共同で対策を検討・実行することが重要です。
例えば、コンプライアンスリスクについては弁護士や行政の専門部署に相談する、資金に関するリスクについては地域の金融機関や会計士に助言を求める、システムのセキュリティについては専門家の知見を借りるといった連携が有効です。また、リスク発生時の対応計画を行政や地域住民と共有しておくことで、緊急時の混乱を最小限に抑えることができます。
継続的な改善と学習
リスク管理は、代替経済モデルの成長とともに変化します。初期段階のリスクと、拡大・成熟期のリスクは異なる場合があります。常に状況をモニタリングし、発生した課題や失敗事例から学び、リスク管理の仕組み自体を継続的に改善していく姿勢が不可欠です。
まとめ
地域で代替経済モデルを持続的に運営するためには、様々なリスクに対する事前の備えと適切な対応が不可欠です。経済的、運営的、社会的、外部環境的リスクなど、多岐にわたるリスクの種類を理解し、リスクの特定・評価、対策計画、実行・モニタリング、そしてレビュー・改善という体系的なステップでリスク管理に取り組むことが、モデルの安定性と信頼性を高める鍵となります。
本記事が、皆様が地域で取り組む代替経済モデルの運営において、リスクを乗り越え、地域社会に根差した持続可能な活動を実現するための一助となれば幸いです。